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……眠れなかった。
キスイはくあ、と眠気から来るのではない欠伸をしてから、ベッドから降りた。
麻布を簡単に縫い合わせて作った家履き――キスイはどうも、家の中で歩きまわるのに普通の靴では違和感がある――を履いてからキッチンへ向かうと、さて朝食は何を食べようかと積んである食糧を前に考え込んでいた。
以前集落に暮らしていた時は次にいつ食べられるかわからなかったので、今思えば青ざめる程に食べ物を詰めていたのだが、冒険者になる前の暫くの生活で街に暮らす人の一般的な生活スタイル、というものがわかったような気がする。
寝巻きのローブの袖を捲って、火を起こす。
煌々と煌めく炎の上にフライパンを置いて暫く熱した後、バターを入れて溶きほぐした卵を入れるとじゅわっという音と共にいい匂いがした。
適当に塩胡椒で味付けをしたスクランブルエッグと、パン、山羊乳を食卓に並べてから、キスイは誰もいない空間で一人「いただきます」と手を合わせた。
朝食を終えると、買いだしに出かけた。
肉は腐りやすいため少量しか買わないので、こまめな買い出しが必要で少し面倒臭い。
もそもそとTシャツの上から厚手の前開きパーカーを羽織り、ハーフパンツと編み上げブーツを履く。以上でキスイの外出スタイルは完成してしまうので、それに気がついたキスイは複雑な気持ちで苦笑した。
買い出しが終わると、太陽が燦々と照っていて瞼が重くなる。
眠れるだろうか、と少し行儀の悪い気はしたが、外出着のままベッドに寝転がってみる。だが瞼が重いのは変わらずとも、眠気はいつまで経ってもやってこない。
瞼を擦って一度伸びをしてから、いつもの服に着替えると、キスイは家から出ていった。
街の外れの高台にある館の門をくぐると、館の主人とあいさつを交わす。
『ただいま』と『おかえり』を。
3Fの隅で、クッションに包まれながら、キスイはようやく瞼を閉じる。
その時ふと、亡き母上の言葉が頭を過ぎった。
――獣はね、安心できる場所でしか眠らないのよ。襲われないとも限らないから。
何故それを思い出したのかを考える間も無く、キスイは夢の中へと意識を沈めていた。