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愛を伝えることができればいいと言った彼女に、キスイははて、と首を傾げた。
さらさらと流れる小川。春の息吹が大地の花に命を吹き込みながらも、どこか寒そうに見えるのは気のせいだろうか。吹きつける風はまだほんの少しの冷たさを残しつつ首筋をくすぐり、キスイは首を竦める。
「好きなら、好きと言えばいいだろう?」
疑問を口に出したキスイの口を、彼女はしっ! と言って手で塞いだ。
その頬は林檎のように真っ赤で、どこか昔より大人びたような気がする。かつて友人だった……いや、今も交流はあるのだが、昔程べったりというわけにもいかなくなった彼女が少し遠くに行ってしまったように感じて、目を細める。
彼女はその真っ赤な頬を膨らませて、言う。
「キスイちゃんは恋を知らないからそんなことが言えるのよ」
「知ってる、それくらい」
つい売り言葉に買い言葉で反応してしまうと、「じゃあ言ってみてよ」と言われて言葉に詰まる。
恋という概念は知っている。自分以外の他人を好きになること。だが、それはあまりにもキスイの生活からは遠すぎて、上手く言葉に出来ない。
恋をしている人達は知っているが、他人から見れば幼いのであろう自分の前では、その者達の接触は親愛以上のものには見えなくて、キスイはついつい子供のようなことを口にしてしまう。
「……御伽噺では、お姫さまに最初にキスした人が、最後に結ばれる」
今度は、彼女がぽかんとする番だった。
直後、爆笑されてしまい、キスイは失言だったと思いつつも顔を赤らめてうるさい、と怒鳴る。
結局、耳年増なだけで何も知らない自分に恥ずかしくなりながらも、それ以上を知らないのだから本当に仕方が無い。それに、ランララの日に見かけたカップル達は皆物語に出てくるような美男美女ばかりで、本当にお姫さまなんじゃないかと思ったのだ。
彼女はまだひくついている腹を抑えて、キスイに問う。
「ねぇ、同盟の冒険者の人達って、すごく綺麗だったりカッコよかったりする人多いじゃない。誰か気になる人、いないの?」
「それは……外見をカッコいいとか美しいと思う時はあるが、ボクはそれよりも……えと、だから」
彼女はキスイの弱点である頭を撫でてきて、ん? と小首を傾げた。本当に、昔から頭を触られるのは弱いのだ。みるみるうちに羞恥で顔が赤くなってきてしまって、唇が震えて言葉が紡げなくなる。
震える唇で告げる言葉には、本当に力が籠っていなかった。
「……だから、ボクみたいな子供は、相手にしてもらえないって……」
言った途端、胸に何かが突き刺さったような気がした。ほんの少しの、針のような、棘のような痛みが。
(あれ?)
途端、何故かほろりと雫が頬を伝った。
彼女はそれを見ると、自分が頭を撫でたことでキスイが堪え切れなくなって涙を流したと思ったのだろう。ごめんね、と謝りながら肩を撫で擦ってくれる。
だがそれに俯きながら、キスイは何故自分がいきなり泣いたのかわからなかった。
風がいきなり、横薙ぎに吹いてきて髪をさらう。
キスイの短く切った髪の毛も、彼女の長い髪も風に捕らわれて、しかし頬に貼り付いた雫は吹き飛ばしてはくれない。
それが何故か腹立たしくて、キスイは雫で重たい瞼をぎゅっと瞑った。
また、頬に雫が流れた感触がした。